父親を論破した

俺には父親から褒められた記憶がない。小学生の頃から東大を卒業して大企業に就職するのがベストな人生であるのだと言い聞かされて育ったが、特別勉強が得意なわけでなかった俺は、父親からすると期待外れだったのだろう。しかし俺はこう思っていた。俺は賢い。しかもただ頭が良いだけでなく、センスも良い。受験勉強は肌に合わなかったからマーチぐらいしか受からなかったし、まだ具体的に何かを成し遂げたわけじゃないけど潜在能力は人一倍ある。俺には他の人には真似できないような、何かができる。それが何かはまだわからない。でもこの先いつか、自分が本当にやりたいことを見つけ、その道を邁進し、結果を出し、他人から褒め称えられながら刺激に満ち溢れた人生を過ごしていけるはずだ。口に出したことはなかったが、ピュアにそう信じていた。いや、今も信じている。

人と同じことはしたくないと言いつつも駅弁大学を4年間できちんと卒業した後、国内トップレベルの大学院へ進学を決めた。この時点で、いわゆる大企業に入る準備は万全という流れになっていた。父親は褒めてはくれなかったが少し喜んでいた。しかし、研究の意欲はまったくの0だった。大学院にはろくに通わず、日々、自分が何をしたいのか、何ができるのかを考えた。ただ、考えていただけだった。入学して2ヶ月ほど経ったとき、インターンシップというものを知った。ベンチャー企業のキラキラした装飾はただ眩しかった。梅田駅前の高層ビルで行われたセミナーではこんなことが語られていた。これからは個の時代だ。大企業のような組織に依存していては生きていけない。うちのような若手の内から大きな裁量が与えられる会社で働き、個の力をつけるんだ。CEOが話してくれた、そんな意識高い系のありふれた価値観は、当時の俺の心にスッと浸透した。大袋に入ったキットカットをバクバク食べた後に麦茶をゴクゴクと飲むとすっげー気持ちいいけど、まさにそんなかんじだった。父親が言い聞かせてきていたことを真っ向から否定するその鋭く華麗なロジックに目が覚める思いがした。この新しい武器を手に、大企業に入る人たちを見下すのはとにかく気持ちが良かった。俺はインターンシップに参加し、内定を得た。そして父親に電話をかけた。CEOの話をそのままぶつけた。父親は何も反論できなかった。本当にあっさりと論破できてしまった。なんだよこれは。頼むよ、まったく。